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じじーが語るコトリバコ

2011年07月15日

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50代コトリバコ-
26:じじー2007/02/27(火) 19:12:25 ID:PfkddKtj

少しだけ箱の話です
皆さん小説家、横溝正史氏の代表作のひとつである「八つ墓村」という作品を御存知でしょうを御存知でしょう
あの小説のモデルとなったのは、昭和13年、岡山県津山において一晩に30人が猟銃で撃ち殺された事件を下地にしておりますのはかなりの人の知るところでありますが
あまり知られてませんのは、実はもうひとつモデルがありまして
明治の時代、東京八王子と神奈川の県境、鑓水とゆうところで起きました事件です。
何でも、当時横浜から輸出します生糸を生産してましたその土地のある豪商が
夜中突如として発狂いたしまして、六人だか八人だったか、家族全員を鉈でで叩き殺してしまった凄惨な事件がありましたそうです。
やがて生糸で大いに栄えたその辺りも、絹の減産とともに次第と寂れていくのですが
この辺りは作家辺見じゅん氏が「呪われたシルクロード」という著作のなかで書いております、なぜ呪われた~なのかという事だけではなく、当時のその辺りの歴史や風俗が非常に詳しくかかれておりますのでので、興味のある方はぜひ。


28:じじー2007/02/27(火) 19:57:13 ID:PfkddKtj

私、その鑓水近辺に一時友人と住んでいたことがございましてね。
先の事件がありました辺りに、道了堂、と村の人々が呼んでます小さな御堂があったのでごさいますね。
先の絹の道を通って横浜に生糸を運ぶ為に当時は随分と通りが多かったそうで、そんな人々の道中安全を祈るために出来ましたそうで。
絹の道とは言いましても荷車一台通りますればほぼ一杯でございましょう、丘陵地の中ににあります如何にも淋しげな林道でごさいました

私が行きました当時でさえ、村の人が山鳥でも撃つのでしょう散弾銃の空薬夾が落ちていたり、カスミ網が仕掛けられていたこともあり、人のめったに入らない、そんな山の中にポツンとその御堂は朽ちてあったのでございます。
そんな寂しいところにも、お婆さんが堂守として、たった一人で住んでおりましたそうです。
私がそこに移りましたのが、昭和44年頃、すでにそれは4、5年前の事件として語られていましたから、昭和30年代の後半の事でしょう
その堂守のお婆さんが僅かなお賽銭のために強盗に殺されてしまいましたそうです、犯人は捕まらなかったと聞いています。


29:じじー2007/02/27(火) 20:05:47 ID:PfkddKtj

余談になりますが、それ以来その老婆の幽霊が出るとか、出ないとかの話がこのオカルト板のとごかで見たと思いますし、東京でわりと有名な心霊スポットですから、どこぞで見かけた人も多いと思います
で、私共が住み始めてまもなくの事ですが、友人と二人で夜更けまで酒など飲みます内に、当時でも噂のあった、その道了堂にこれから肝試しにいこうじゃないか、という事になったんですね、四十を過ぎた大人が肝試しもないものですが。
妻子を東京の下町に残してほんとにいい気なものでした、今から考えますれば。


30:10の爺さん2007/02/27(火) 20:39:41 ID:Lx4vE/qN

おお、お仲間が増えましたな。俺はじじーさんの居ない時間帯に、暇を見つけて、書き込みを続けさせていただきます。若輩者ですが、どうかひとつ、宜しくお願いします。


31:じじー2007/02/27(火) 21:07:52 ID:PfkddKtj

10爺様、お心遣いありがとうございます
お言葉に甘えまして、ではさっそく

もう夜中の1時はとうに回っていたんじゃないでしょうか。
懐中電灯をぶら下げて、およそ40分くらいかけて0私共は入り口に立ちました
正面には長い石段が続いておりまして、上の方は漆黒の闇というやつです、月は出てなかったように記憶しております
脇に比較的大きな石碑がございまして、たしか絹の道、あと道了堂、と彫ってあったと思われます。
ここで懐中電灯を消しましたならば、まさに鼻を摘まれてもわからないんじゃないかと思います
だいいち懐中電灯も石段の四、五段ほどを照らすだけですから。先程の威勢はどこへやら、大きく生唾を飲み込んで私共はゆっくりと石段を登っていったのです。
石段を中程まで上りますと途中少し開けた所に出るのですが、そこが見えてきた辺りで隣の友人が、ビクリと足を止めました
視線を追ってみますと、そこに子供くらいの人が座っているじゃありませんか
二人とも、心臓が口からはじき出されるじゃないかという程に驚きまして、なんとも間の抜けた声と共に、危うく石段の中腹から、後ろに倒れそうになったものでございます。


32:じじー2007/02/27(火) 21:39:32 ID:PfkddKtj

なんとか踏みとどまり、おそるおそる電灯を近づけていきますと、五、六体でしたろうか、苔むしたお地蔵さんが立っていたわけです
私達はほっと胸をなで下ろし、よくよく見てみますと、中程に立っております地蔵様の首が無い、足元を見ますとその足元にコロリと転がされておりました。
なんで首が落ちたものか、私達は益々気味が悪くなってきましたし、自分達の呼吸がすこぅし荒くなってきたような気がしました
現に友人はゼイゼイと荒い息をしてその場にうずくまってしまいましたから
改めて辺りを照らしてみるとお地蔵様の反対がはには石塔が建っており、真ん中の台座にはまたお地蔵様が座っておったのです
この話は子供の頃の思い出ではございません
私はすでに家庭を持ち、いい加減、物事の分別もつきました不惑と言われる歳のことでございます


33:名無しさん@お腹いっぱい。2007/02/27(火) 21:49:42 ID:ATLkb2wu

道了堂←これなんと読むんですか?
どうりょうどう?


34:名無しさん@お腹いっぱい。2007/02/27(火) 22:08:39 ID:ATLkb2wu

あっドウリョウドウで良いみたいですね
少し言い難い…


35:じじー2007/02/27(火) 22:52:25 ID:PfkddKtj

30分程も経ちましたでしょうか
ずっと友人はその場にうずくまっていました、私は隣で息の彼の整うのを待っていましたが、実はその間中、背後に控える闇が恐ろしくてなりませんでした
闇の中から何かが私達を見下ろしている
そんなところでしたろう
私共は引き返そうかとも考えたのですが、いえ、私達はその頃登山を趣味としていましたから、この場合山ならば絶対に撤退でしょう、二人とも鳩尾の辺りに不快な何かを抱えていましたから
けれども、それ以上に上に続く闇に背を向けるのが怖ろしく、この場所を面白半分に踏み散らかした代償を払うのは尚怖ろしく、その先にあるものを終いまで見届けようとさらに上に進む事にしたのでございます。


36:じじー2007/02/27(火) 23:04:17 ID:PfkddKtj

懐中電灯のわずかな灯りで、そこの全てを照らし出すことは、できませんでしたが、それは確かにありました
どうりょうどう、それ程大きな御堂ではありませんでしたが、老婆が独り住まうには充分な広さでしたでしょう
明治のいつほどか、それは建てられ、それから五十年程の時を経て、今は住まう人もなくなりましたが、それは、まだ、ありました


37:じじー2007/02/27(火) 23:10:48 ID:PfkddKtj

屋根はまだありました
けれども、戸板は全て内側に倒れ、土壁、だったと記憶しております、もだいぶん朽ちてはおりましたが
いまだ、それは、原型は留めておりましたろう
これまでも、ここから先も、二人ともほとんど無言です
その沈黙の内に過ぎた出来事でございます


38:じじー2007/02/27(火) 23:18:07 ID:PfkddKtj

私達は、墓石を二つほど並べた踏み石の上に、堂の軒下に立ち中を眺め回しました
屋根こそまだ残っておりましたが、床板は所々破れており、歩く場所をうまく選ばなくては、床板を踏み抜き、私達は渇いた喉で、再び悲鳴をあげなくてはならなかったでしょう


39:じじー2007/02/27(火) 23:30:19 ID:PfkddKtj

懐中電灯を、何度か堂内を上下、左右に走らせました
いろいろと、細々としたものがあったと記憶しておりましたが、私達の目を殊更に引きましたのは、私達から向かって右の奥、やや小振りな、おそらくは桐でできたものしょうが、一つ置かれた和箪笥でした
私達はそれまでの恐ろしさも忘れ、半ば引かれるようにソレに近付いていったのです


40:じじー2007/02/27(火) 23:50:24 ID:PfkddKtj

手はすでにその引き出しの金具に掛けられておりました
友人のかざす灯りの下、私は金具に掛ける手に力を込めましたところ、湿気を吸っていたのでしょう、引き出しは思いの外固く、私の手は金具を外れ、私は思わず床に手を着きました
私はその時、どの程度の自覚があったのか、ふと顔を上げたその目の先に、その箱はありました


41:じじー2007/02/28(水) 00:01:12 ID:r+tiYcq/

箪笥の置かれたさらにその奥、堂のほぼ真北にあたるその隅の床に、それは比較的キチンと置かれておりました
ずいぶんと埃をかぶり、粗末な色褪せた白木の箱でありました
私はしばらくの間、それをじっと眺めておりました
何か私の様子をおかしく思ったのでしょう、友人の声がなにやら聞こえました時には、私は箱を手にとり立っておりました


42:じじー2007/02/28(水) 00:28:56 ID:r+tiYcq/

も少し続けさせていいですか
幅にして30センチに少し足りなく、奥は20センチに少し足りなく、高さはちょうど10センチくらいでしたと思います
小さな御札が幾枚か、ぺたぺたと貼られておりました
蓋と本体をつなぐ部分にも、印をするように、同じように、縦にも横にも貼られておりました
けれどもそれは既に破られてありましたんです

だれがその蓋を開けたのか、確かにはわかりませんが、老婆が殺された時から、その箱はそこにあり、あの事件、その犯人こそがそれを開けたのではないかという気がします
なにやら草書のような流れの文字で、漢字のような、梵字のような、今のように印刷とは少しちがうような、そんな文字であったと思います


43:名無しさん@お腹いっぱい。2007/02/28(水) 00:39:56 ID:f7pXgo0w

おおお鑓水!
近所の大学に通っていましたが、異様に怪談の多い土地でした。
そもそも鑓水という土地の名前の由来から怪談めいているとか。


44:じじー2007/02/28(水) 00:40:11 ID:r+tiYcq/

私が蓋に手を掛けたときーわ友人は私の手首をつかみ、しきりにブルブルと首をふります
あなた方ならどうしましょうか


少し疲れましたがあと少し書かせて下さい


45:じじー2007/02/28(水) 01:06:41 ID:r+tiYcq/

その絹の道をそのまま進めば、やがて国道16号に出、左に進めば横浜、そのまま直進、あるいは少し左に進めば城山城跡、滝田城跡、あるいは女子大学生の埋められていました雑木林、槍を洗った川はいまは無いとききますが。


46:じじー2007/02/28(水) 01:29:31 ID:r+tiYcq/

箱はとても軽かったです、中で音もしませんでした
おそらく女性のものでしょう、髪毛が、箱いっぱいに、みっしりと詰まっておりました
パサパサに乾いており、私が短い間にも見たところ、ほとんどは、白髪混じり、手にとって長さを調べる余裕などなく、私は急いで蓋を閉め箪笥の上にそのまま箱を置きました
そしてほとんど反射的に、箪笥の引き出しを、グイと力を込めて引きましたのです
そこにありましたのは、やはり同じように、白髪まじりの干からびた髪毛でした
続けて二段目の引出のも開けてみましたが、そこに入っているものは、やはり同じものでした
こうなると、もはや気味の悪い段ではありません、すでに友人は外に出てゲェゲェやってます

あの長い石段をどうやって降りたのか
あの山道をどうやって麓まで降りたのか
私達の間にまったく言葉は交わされませんでした
ただ、その晩、というよりも明け方てまあったでしょう、床に就いた私共お互いが、ひどく魘されていたのを確認しあっております


47:じじー2007/02/28(水) 01:41:30 ID:r+tiYcq/

翌日、昼近くに起き出した私達は、改めて昨夜の事を話し合いました
あの髪のことです
いろいろと意見を取り交わす内に、戦時中あの土地からも多く出征者を出し、息子、或いは夫の帰還を願って、母親、あるいは夫人が髪を奉納し、祈願したんだろう
そう、考え、また是非ともそうであって欲しいと願いっつつ、お互い言葉少なに時を過ごしておりました


48:じじー2007/02/28(水) 01:47:43 ID:r+tiYcq/

そうこうしている内に、夕刻、大家である近隣のの農家から、私に呼び出しがありました、ゆっくり歩いても五分もかからないところですが、私は走って行きました、なんとなく、わかっていましたから、良くない知らせだろうと。
今日はこれで失礼させていただきます
では。


49:名無しさん@お腹いっぱい。2007/02/28(水) 02:17:53 ID:owv8nJ8d

>じじーさん
ひっぱるね!
でもおつかれー。
次回も楽しみに待ってます。


50:名無しさん@お腹いっぱい。2007/02/28(水) 03:19:37 ID:gk9TAkfg

無粋な話、これは嘘でも面白いな


51:ぱとりおっと2007/02/28(水) 03:22:40 ID:kt4PGTjg

 爺様それで飯食えますよ^^


53:じじー2007/02/28(水) 20:37:07 ID:r+tiYcq/

昨夜の続きです。
電話口に出ますと、はたして実家に残してきた家族からで、三つになる娘がたいへんな熱を出し、まさかとは思うがとにかく一度帰ってきてほしい、との事。
私は電話に出ていながらも、すでに口の中はカラカラに渇いておりました。

大家に礼を言い、外に出ました私は直ぐに下宿に戻りますと、友人に事の次第を話しますと、友人の顔色は目に見えて変わっていきましたが、私は、すぐに実家に帰る事を告げました。
殆ど手ぶらで、あるだけの現金だけを持ち、私はバス停へと急ぎましたが、部屋を出るときに、見送ってくれた友人の姿が、いやに頼りなげであったことに、少し後ろ髪を引かれるような気もしていたのですが。


54:じじー2007/02/28(水) 21:09:48 ID:r+tiYcq/

夏の事でしたが、そろそろ木立の影も長くなってくる時刻でした
バス停まで急いで歩いて20分、当時その辺りのバスは20、30分間隔でした、うまい具合にバスに乗れたとして、一番近くの私鉄の駅までやはり30分近く掛かりました、そこから都心に出ますから、私が実家に辿り着いたのときには、人通りもほとんどありませんでした。
娘の寝かせられた部屋に行きますと、なるほど娘の頬はリンゴのようでして、顔を寄せた私に熱い息がかかります。
明け方からだそうで、その日は二度ほどひきつけたそうです。
往診に来た医者は一時、破傷風を疑ったそうですが、特に傷もありませんから、とにかく入院してよく調べることを勧めましたそうです。
しかし、何故か妻は、私が帰ってくるのに拘りまして、今晩だけは家で様子をみるという事になったそうです。


55:じじー2007/03/01(木) 00:06:31 ID:cB/PB1zg

ともかくも、娘の顔を見まして、少しは落ち着きました私は、妻と、私と、それから父と(まだ存命してました、今の私と同じくらいの歳だったでしょう。)茶の間に顔を合わせ、一息つける時間を得たのでございます

けれども私は、やはり、今すぐにでも入院させることを主張しました、むしろこんな時に躊躇している妻を責める口調にもなっていましたろう
妻は言いました
いま、娘を他の所に移したならば、本当に、あの子は、二度と戻ってこないような気がして
そんなような意味の事を言いまして。
昨夜のことが頭から離れませんでしたから、私は、知らずの内にあの時のこと事を話しておりました


56:じじー2007/03/01(木) 00:26:34 ID:cB/PB1zg

私の父は非常のにプライドの高い人で(生業は偉い方の鋏箱持ちをしておりました)、自分を床屋と呼ばれると、非常にイヤな顔をしましたが、私の話を一通り聞き終えましたその時は
床屋の倅が、一々髪の毛なんぞでオタオタしててどうするえ、まったくフてぇ髪の毛だ
そんな感じで一喝されまして
私は、こんな場合にも関わらず、一瞬、吹き出しそうになりましが、それは、ほんとに一瞬のことで、妻の目も、父の顔もみれずに、娘の寝かされている隣の襖に再び釘づけとなりました


57:じじー2007/03/01(木) 00:43:41 ID:cB/PB1zg

それから、父は外出用の上着を羽織ると、どこやら外に出ていきました
妻はといえば、時折襖の隙間から覗く息子、娘より五つ上の兄、を寝かしつけにいきました
一人茶の間にポツンと残された私は、昨夜、どこで引き返せば良かったのか、一人想像していました


58:じじー2007/03/01(木) 01:02:05 ID:cB/PB1zg

20分程して父は帰ってまいりました
玄関で迎えた父の隣には、縮んだ父よりは、さらに一回り小さな婆様が立っておりました
婆様が抱えている朱色の風呂敷包みがやけに目についたのを、今でもよくおぼえています
婆様は父とともに、娘の部屋に入りますと、娘の顔を一瞥し、さらに隣の部屋に入っていきました
婆様が、その部屋から再び出てきましたときは、何やら神社の巫女のような服に着替えておりました
ただ、私が知る巫女様とちがうのは、上は確かに白でしたが、下の袴が赤ではなく、紫色で、なるほど歳により袴もそれに合わせるか、などと勝手なことを思っておりました


59:じじー2007/03/01(木) 01:10:52 ID:cB/PB1zg

父が刃物を扱う商売でしたから、鋏供養などそれにまつわる神事などには多少は慣れておりましたが、その後私が見ましたものは、それらとは違う
まことに不思議な晩でした


60:名無しさん@お腹いっぱい。2007/03/01(木) 18:43:33 ID:aG7Fc3tu

興味深く面白いお話で楽しみにしてます。
じじー様も10のお爺様も体に気をつけて頑張って!


62:じじー2007/03/01(木) 20:29:09 ID:cB/PB1zg

昨夜の続きです
婆様は玄関脇の小部屋に入りまして、再び私達の前に現れましたときは白い袷にに袴をつけまして、いわゆる巫女の装束です
ただ普通神社で見かける巫女様と少し違いますのは、袴が赤ではなく紫でした
そして胸の前には、やはり元は紫だったのでしょう、色の褪せた巾着を抱いておりました。
それから娘の寝ている部屋に入りますと、娘の枕元、真上にちょこんと座ったのでございます。
私と妻も続いて中に入ろうとしますと、父は無言で手で遮り、ここに座っていろと示しもので、私と妻は仕方なく敷居の手前で並んで座り、これから何が始まるのか見守ることにしたのでございます。


63:名無しさん@お腹いっぱい。2007/03/02(金) 01:18:25 ID:do0TD3iD

つづきが気になります!


64:じじー2007/03/02(金) 18:45:39 ID:1Ajkzm/h

すいません、昨夜も寝てしまいました
続きです
こんな場合に、なにを馬鹿げたことをと私も思いはしましたが、どうせ私達には朝まで何もできることがありませんから。
いよいよの時は、私が担いで病院まで走るまでと。
婆様はそして何やらぶつぶつと祝詞のようなものを唱え始めました、が、それは神社の神主さんのように、朗々ととなえるのではなく、なにや誰に聞かせているのかもわからない、低く、畳の上を這うようなものでした
五分ほどでしたろうか、その呟きともつかないお唱えはやがて糸をひくように消えていきますと、少しの間をおいて
次に娘の口元に自分の口を寄せて、コショコショと二言ほど何かを囁くと、そのままの姿勢で、スッスッとやはり二度ほど息を吸い込みました
そして、体を起こすと先程から持っていた巾着の中にに自分の息を吐き出していく
それが終わるとまた、さきほどのお唱えを始める
あとはもうその一連の繰り返しでした。


65:じじー2007/03/02(金) 19:19:02 ID:1Ajkzm/h

そんな事を二時間近くも繰り返したでしょうか
気が付くともう0時をまわっておりました
それから婆様は私の顔を覗きこむようにして、私の耳の辺りに手を伸ばしたかと思うとこんどはそれを私の顔に近付けてみせました。
彼女の指先に摘まれていたのは、昨夜、あの箱や引き出しに詰め込まれていた、一筋の白髪混じりの髪の毛でした
お腹の底からゾッとしました、背中が寒くなり肌が泡立ちました
ソレは、あそこから私の実家までツいてきたのですから。

婆様はその髪の毛も手に持った巾着にいれると、また来たときに着ていた着物に着替え、父と一緒に夜中の街に出て行きました。

それから、私と妻はその晩ずっと娘の枕元に座っておりましたが、時間が経つごとに顔色が良くなってくるのがわかりました。
翌朝、往診にきた医者も、入院の必要なしと言ってくれましたし、昼には兄に本を読んでもらっていましたから、もう安心です。


66:じじー2007/03/02(金) 19:47:09 ID:1Ajkzm/h

あのおがみ屋の老婆のことですが、父によりますと、なんでも東北の出だそうで、いったいあの辺りには、土地の者以外は絶対に見ることはならない
しかも女性だけしか入れない宗教でしょうか、団体がいくつかあるのだそうで、後年なにかで読みましたが、それは平成の今でもあるそうです。
彼女はそこで13の歳からずっと修行をしてまして、五十を過ぎてから、何かの折りに東京に出てきたんだそうでございます。
私の家を出るとき、彼女は御札を二枚くれました、とげぬき地蔵にあるような、小さな紙の御札です、私と友人に飲むようにと。
私の話はざっとこんなところです。
長いこと付き合っていただき、ありがとうございました。
ではまた。


67:名無しさん@お腹いっぱい。2007/03/02(金) 20:33:14 ID:lTu/lMgw

>じじー

その巫女さん、夏なのに袷を着てたのには何か意味があるの?


68:じじー2007/03/02(金) 21:02:47 ID:1Ajkzm/h

多分東北の宗教だそうですから、それが正式な服装だったんじゃないでしょうか祈祷をするときの
青森のイタコなんかでもあんな感じですよね、まぁあそこは高地ですけとど
一見、白かったですけど着古したかんじで、寒暖で着ていた訳じゃないと思いますよ


69:名無しさん@お腹いっぱい。2007/03/03(土) 01:34:11 ID:+RaoV+Vy

>>68
あ、そっか、北国から来た巫女だからかね。
くだらない質問してごめん。


70:名無しさん@お腹いっぱい。2007/03/03(土) 02:29:33 ID:R6e8xVsw

じじーさん、博識だなぁ。
たまにはオカ板のスレにも出てきてくれよ。


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